1. はじめに
近年の日本においては、少子化の進行や社会情勢の変化から、学校法人や各種教育機関の経営環境が大きく変わってきております。大学や短期大学だけでなく、専門学校も例外ではありません。従来は地域に根差した実務教育を提供し、安定した生徒募集を維持してきた専門学校であっても、若年人口の減少や多様化する学習ニーズ、さらにはオンラインを活用した新たな教育形態の出現など、数多くの課題に直面しております。
こうした流れの中で、今まではあまり注目されなかった専門学校同士のM&Aや、専門学校と企業・他の教育機関とのM&Aが少しずつ増えてきております。M&Aは、単に組織の規模拡大や経営難の救済策というだけでなく、新たな教育サービスを生み出したり、新分野へ進出するための戦略的手段としても期待されているのです。
本記事では、まず専門学校がどのような背景でM&Aを行うようになってきたのかを整理し、次にM&Aによって得られるメリットやリスクについて詳しく検討してまいります。そのうえで、M&Aの具体的な手法や進め方、統合後の課題と成功事例・失敗事例を交えながら、専門学校におけるM&Aの可能性を探っていきたいと思います。
2. 専門学校におけるM&Aの概説
M&Aとは、「Merger and Acquisition」の略称で、日本語では「合併・買収」と訳されます。企業や法人が他の企業・法人を統合したり、事業を譲り受けたりする行為を総称したものです。一般的には大企業の話題として取り上げられることが多いですが、近年は中小企業や学校法人などの間でもM&Aが活発化しております。
専門学校においては、学校法人が運営する場合や、会社組織が学校事業を行っている場合、あるいは社会福祉法人など他の法人形態をとっている場合などがあり、法的な形式は多岐にわたります。M&Aを行う際には、こうした法人形態の違いや、学校教育法、私立学校法などの規定を踏まえた手続きが必要となります。
また、専門学校は単に授業を行うだけでなく、学生の就職指導や学外実習の実施、地元企業との連携など多様な活動を行っております。そのため、M&Aにあたっては単純に財務上のデューデリジェンスだけではなく、教育内容や就職率、学生募集状況など、学校としての価値を総合的に評価することが重要です。
3. 専門学校のM&Aが注目される背景
3-1. 少子化と専門学校経営の課題
日本では少子化が急速に進行しており、大学や短期大学を含め、教育機関全体が生徒確保に苦戦しております。専門学校も例外ではなく、特定分野に特化した学校であっても入学者が減少し、定員割れが続くなどの問題が深刻化しつつあります。特に地方の専門学校では、地域の若年人口減により経営の存続が危ぶまれるケースも出てきております。
こうした環境下では、単独での経営努力だけでは生徒募集を安定させることが難しく、他校との統合によるスケールメリットや、既存の強みを活かした事業拡大策が注目されるようになりました。その結果として、専門学校M&Aへの関心が高まっているのです。
3-2. 教育ニーズの多様化と高度化
社会の変化に合わせて、求められるスキルや知識は高度化・多様化しております。IT技術の急速な進歩により、AIやIoT、データサイエンスなど新たな分野の需要が高まる一方で、介護福祉や保育、農業などの実務系の分野でもより専門的な人材が求められています。
専門学校は、こうした実務人材育成に特化した教育機関としての強みがありますが、新分野に対応するためにはカリキュラム開発や講師の確保、設備投資などが必要となります。単独の専門学校では十分なリソースを確保できないケースも多く、M&Aを活用して他の専門学校や企業と連携し、資源やノウハウを統合することで、教育の高度化に対応しようという動きが出てきています。
3-3. 地域経済の変化と専門学校の存在意義
専門学校は地域に密着しており、地元産業の人材需要に合わせた教育を提供する役割を担ってきました。しかし、地域経済の変化や産業構造の再編により、これまでの専門分野だけでは十分に就職先を確保できず、地域の人材ニーズに合わなくなってきた学校もあります。
一方で、観光やIT、医療福祉など、新たに需要が高まる分野にリソースを集中したい学校にとっては、同業他校との統合や企業による買収によって、教育内容を迅速に再編し、地域との関係を強化することが可能になります。こうした地域経済の変化も、専門学校M&Aを後押しする一因となっています。
4. 専門学校M&Aのメリット
4-1. スケールメリットと経営の効率化
M&Aの最大のメリットの一つは、組織規模の拡大によるスケールメリットです。複数の専門学校が統合することで、カリキュラム開発や教材の共通化、ITシステムの集約などを通じてコストを削減し、経営を効率化できます。事務処理や会計システムなども一本化できれば、重複していた業務を大幅に削減することが可能です。
また、まとめて教材や備品を購入することで、仕入れコストの削減も期待できます。学生募集面でも、複数の校舎・学科をPRしやすくなり、広告宣伝費の効果を高めやすくなります。こうしたスケールメリットは、単独での経営努力では得にくい大きな利点といえます。
4-2. 教育コンテンツの相互補完
M&Aにより複数の専門学校が統合すると、それぞれが得意とする分野や教育ノウハウ、教員の専門性を持ち寄ることができます。例えば、IT系に強い学校とデザイン系に強い学校が統合すれば、「IT×デザイン」といった新たなカリキュラム開発が可能となり、学生にとっても魅力的な学習機会が生まれます。
また、医療系の専門学校と福祉系の専門学校が統合し、幅広いケア分野に対応する人材育成を行うなど、相互補完によって教育の質を高められます。結果として、就職率の向上や学生の満足度向上にもつながるでしょう。
4-3. ブランディングと知名度向上
専門学校がM&Aを行うことで、学校名やブランドが統一され、社会的な知名度が向上するケースがあります。複数の学校が独自にPRを行うよりも、大きな塊としてブランド戦略を組み立てる方が、メディアや受験生にアピールしやすくなります。特に都心部に校舎を構える学校と地方にキャンパスを持つ学校が一体化すると、全国的な認知度アップにつながる可能性があります。
また、企業による買収であれば、企業側が持つマーケティング力や広報ネットワークを活用して、一気に知名度を上げることも期待できます。これは専門学校にとって大きなアドバンテージとなります。
4-4. 教員・スタッフの強化と新しいキャリアパス
専門学校がM&Aすることで、教職員の交流が促進され、それぞれが持つ知識やスキルを共有できるようになります。異なる分野の教員同士が協力して新しい教育プログラムを作ったり、産業界との連携を強化したりと、相乗効果を期待できます。
また、経営規模が拡大することで、管理職や教員としてのキャリアパスが増え、優秀な人材の確保にもプラスに働くことがあります。教員は研究や業界との連携を担う重要な存在でもあるため、M&Aによってより魅力的な職場環境を整備できれば、人材流出を防ぎ、新規採用でも優秀な人材を引きつけられるでしょう。
4-5. 学生募集力の拡大と安定化
先に述べたように、少子化や進学率の変動で学生募集が厳しい時代だからこそ、複数校の統合による安定的な学生獲得が重要です。カリキュラムの多彩化やブランド力の向上が行われれば、広域からの応募者を増やす効果も期待できます。
さらに、複数のキャンパスや学科を持つ学校法人になれば、地域ごとに異なるニーズに対応しやすくなり、災害などで一部のキャンパスに問題が生じても他校のサポートが受けられるなど、リスク分散の面でもメリットがあります。
5. 専門学校M&Aのデメリット・リスク
5-1. 教育理念の相違による内部対立
専門学校にはそれぞれ独自の教育理念や歴史、運営方針があります。M&Aによって異なる理念を持つ学校同士が統合すると、どちらの文化や運営スタイルを尊重するのか、その折り合いがつかないケースも出てきます。理念や方針が明確であればあるほど内部対立の火種となりやすいため、事前に十分な調整が必要です。
5-2. 学校法人や企業グループ間の文化的相違
学校法人は公益性や教育・研究を優先する風土が根付いており、企業は利益を追求する文化が強い傾向にあります。両者がM&Aによって統合すると、教育の質やカリキュラムよりも利益重視の経営方針に偏ってしまうといった懸念が生じる場合があります。逆に企業側から見ると、学校の決定スピードや稟議プロセスが遅いと感じることもあります。こうした文化的相違を克服するには、丁寧な対話と制度設計が必要です。
5-3. 法規制と認可手続きの煩雑さ
専門学校は、私立学校法や学校教育法などの法律に基づき運営されており、所轄庁の認可を得る必要があります。M&Aを行う際にも、合併や譲渡のスキームによっては文部科学省や都道府県への届け出、認可申請が必要となり、そのプロセスが煩雑となります。一般企業のM&Aに比べると時間がかかりやすく、予定していたスケジュール通りに進まないリスクがあります。
5-4. 組織再編後の人材流出リスク
組織再編によって管理職や役職者の配置が変わったり、教育方針に大きな変更が加えられたりすると、これまで勤めていた教職員が不安を感じ、退職してしまうリスクがあります。特に、専門性の高い教員や、長年学校を支えてきたスタッフが退職すると、教育の質や学校運営が一時的に混乱することにもなりかねません。
5-5. ブランド価値の毀損リスク
統合によってブランドが再構築されることはプラスに働く場合もありますが、場合によっては逆に「それまで築き上げてきた信頼や知名度が損なわれる」というリスクもあります。特に地域で長年親しまれてきた学校が、外部の大きな組織や企業に買収されたときに、「地元志向」や「きめ細かな教育」といった価値が失われてしまうと、既存の学生や卒業生、地域社会が反発することがあります。
6. 専門学校M&Aの主な手法と流れ
6-1. 合併(Merger)と買収(Acquisition)の違い
M&Aには大きく分けて「合併(Merger)」と「買収(Acquisition)」の2つの形態があります。合併は、A法人とB法人が一つの法人に統合される形態であり、一般的にはどちらか一方の法人が存続法人となります。一方の法人は解散法人となり、消滅します。学校法人同士が完全に一体化する場合などがこれに該当します。
買収は、A法人がB法人の株式や事業を譲り受け、B法人を傘下に収める形態です。B法人の法人格を残しつつ、経営権を握る形となる場合や、事業譲渡によってB法人が教育事業から撤退するケースなど、多様なパターンがあります。専門学校の場合、株式譲渡か事業譲渡かによって手続きや規制が異なるため、慎重な検討が必要です。
6-2. 株式譲渡・事業譲渡の選択肢
学校法人が営む専門学校は、株式会社のように株式を発行していないことが多く、株式譲渡という形態がそもそも利用できないケースがあります。その場合は「事業譲渡」や「合併」といった形が選択されます。一方、学校法人ではなく会社組織として専門学校を運営している場合は、株式譲渡によるM&Aが行われることもあります。
事業譲渡では、営業権や生徒の募集に関するノウハウ、設備、教員との契約、学生との契約関係など、譲渡対象を定義しなければなりません。教育事業特有の契約や許認可の継承があるため、事業譲渡のスキームを選ぶ際には入念な検討が求められます。
6-3. デューデリジェンス(DD)とその重要性
M&Aを進める際、相手の経営状況や財務、教育内容、リスクなどを詳しく調査・分析するプロセスが「デューデリジェンス(DD)」です。専門学校におけるDDでは、以下の項目が特に重要とされています。
- 財務状況(収支、負債、資金繰りなど)
- 生徒数の推移、定員充足率
- カリキュラムや教育プログラムの質、教員体制
- 運営許可や各種認定の状況
- 関係法令への適合性
- 地域との連携状況や評判
専門学校はサービス業の側面を持ち、数値化しにくい無形資産(ブランドや教育ノウハウ)も大きな要素となります。したがって、財務面だけでなく、教育の質や地域での評判など、定量的・定性的な分析を組み合わせた総合的なDDが求められます。
6-4. 企業価値評価と教育事業特有の評価ポイント
企業価値評価においては、一般的にDCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)や類似企業比較法などが用いられますが、専門学校には以下のような特有の評価ポイントがあります。
- 教育許認可と認定資格の取得状況
- 在校生の数や就職率(評判を左右する大きな指標)
- 歴史やブランド、社会的評価
- 校舎や実習施設などの資産価値
- 教員の質や業界ネットワーク
これらの要素は単純に財務諸表では読み取れないため、教育事業に詳しいアドバイザーの支援が不可欠といえるでしょう。
6-5. 法的手続きと関係当局への届け出
学校法人が絡むM&Aでは、私立学校法などに基づき、所轄庁(文部科学省または都道府県知事)への届け出や認可が必要な場合があります。合併の場合は特に、合併当事法人のそれぞれが所轄庁の許可を得なければなりません。さらに、カリキュラムや学科内容が変更となると、改めて設置認可を受ける必要が生じることもあります。
手続きを進める際は、学校法人の理事会での決議や評議員会での承認など、法人内部のガバナンスプロセスもクリアしなければなりません。一般企業のM&Aに比べて時間がかかるのは、このような規制・ガバナンス上の要求事項が多いことによるものです。
7. 専門学校M&Aにおける事業継承とシナジー
7-1. カリキュラム継承と新コース開発
M&Aによって複数の専門学校が統合すると、それぞれが持つカリキュラムの良いところを継承し、さらに新しいコースを開発することが可能になります。例として、調理師の専門学校がスポーツ栄養に強い専門学校と統合すれば、「アスリート向け栄養学コース」などの新設が考えられます。また、医療事務とITが融合した新分野を開発するなど、時代のニーズに合わせた柔軟な教育プログラムを生み出すきっかけとなります。
7-2. 教職員の継承と組織文化の統合
専門学校の教育の質は、教員の質に大きく左右されます。M&Aによって優秀な教員やスタッフを継承できれば、教育の継続性や水準を維持でき、逆に相手校が得意とする分野を強化することもできます。ただし、前述のとおり、両校の文化や教育方針の違いを調整し、衝突を最小限に抑えることが重要です。
7-3. 地域との連携強化とイメージアップ
地域に根ざした専門学校が統合することで、地元企業や自治体との連携が拡大し、地域活性化に寄与できる場合もあります。例えば、観光学科を持つ学校と、農業や地域資源を扱う学科を持つ学校が一体化すれば、地域特産品を活用した新たなビジネスやイベントを共同で企画できる可能性が広がります。こうした連携が成果を上げれば、地域社会からの評価や支援も得やすくなり、イメージアップにつながるでしょう。
7-4. 産学連携・業界連携の幅拡大
専門学校は業界ニーズに即した人材を育成するため、産学連携が極めて重要です。M&Aによって複数のネットワークを統合すれば、企業との共同研究やインターンシップの受け入れ先が増え、教育プログラムの幅が広がります。また、大手企業グループが専門学校を買収するケースでは、その企業グループ内での就職先確保やOJT型の研修制度との連携が進むことが期待できます。
7-5. 海外展開やオンライン展開とのシナジー
グローバル化やオンライン教育の普及も専門学校の大きな課題・チャンスとなっています。M&Aによって海外に拠点を持つ学校や、オンラインコースに強みを持つ機関と統合することで、留学生の受け入れ拡大や海外留学プログラムの充実など、新たな市場を開拓できます。特にポストコロナ時代にはオンライン学習の重要性が増しているため、そのノウハウを持つ相手とのシナジーは大きいといえます。
8. M&A交渉のポイントとアドバイザーの役割
8-1. 教育法人・学校法人におけるステークホルダーの整理
専門学校のM&A交渉では、経営陣だけでなく理事会、評議員、教職員、学生、地域社会など多くのステークホルダーが存在します。そのため、交渉に入る前に各ステークホルダーの利害や意見を整理し、十分にコミュニケーションをとることが大切です。特に学校法人の場合は、理事会や評議員会の承認を得るプロセスが必須となるため、これらのステークホルダーを軽視するとM&Aがスムーズに進まない可能性があります。
8-2. 価格交渉と支払条件の設計
M&Aにおいては、企業価値や事業価値に基づき譲渡価格を決定するだけでなく、支払条件(支払タイミングやストックオプション、アーンアウト条項など)をどうするかが重要です。専門学校の場合、入学時期や授業料収入が一定のサイクルで発生するため、そのキャッシュフローの特徴を踏まえて価格交渉を行う必要があります。
また、買収後すぐには学生数が伸びない可能性があるなど、リスクを双方で共有する仕組みをつくることが、円滑なM&Aを実現するポイントとなります。
8-3. リスク分担条項(表明保証条項)と契約書の留意点
M&A契約書には、表明保証条項(Representations and Warranties)や補償条項を盛り込むのが一般的です。これは、売り手側が「自社の財務状況や事業内容に関して偽りがない」と保証し、万一の不備や損失が発生した場合に買い手を保護する仕組みです。専門学校の場合も、在校生数や学費収入、教員に関する契約、学科ごとの許認可状況など、多岐にわたるリスクが考えられますので、これらを契約書でどのように扱うかが重要です。
8-4. ファイナンス手法と資金調達先の確保
買い手側がM&Aを実施するにあたり、どのように資金を調達するかは大きな課題です。自己資金や金融機関からの融資、投資ファンドからの出資、社債発行など、様々な選択肢がありますが、専門学校事業のキャッシュフローやリスクに合ったファイナンススキームを選ぶ必要があります。学校法人の場合、資金調達の手段が企業に比べて限られていることも多いため、慎重な検討が求められます。
8-5. アドバイザーの選定基準と費用対効果
専門学校M&Aには、財務・法務だけでなく教育関連の法規制や認可手続き、ブランド・評判などの問題が絡みます。専門的な知識を有するM&Aアドバイザーや弁護士、会計士、教育コンサルタントなどを選定することが成功への近道です。費用はかかりますが、専門家のアドバイスなしに手続きを進めるのはリスクが高いため、費用対効果を考慮しながら適切なアドバイザーを選ぶことが望ましいです。
9. 専門学校M&A実務の具体的ステップ
9-1. 戦略立案とターゲット探索
まずは、M&Aを活用して専門学校をどのように発展させたいのか、明確な戦略目標を定めることが重要です。例えば、「少子化に対応するために全国に複数拠点を持ちたい」「IT分野に強い教育機関を買収して新規事業を拡充したい」などの目的を設定します。その後、こうした戦略に合致する候補先(ターゲット)を調査・探索し、初期的な打診や情報収集を行います。
9-2. NDA(秘密保持契約)締結と初期デューデリジェンス
ターゲットが見つかったら、まず秘密保持契約(NDA)を締結します。これは、候補先との間で開示される財務情報や運営情報を第三者に漏洩しないための契約です。NDA締結後、買い手は初期デューデリジェンスを行い、ターゲットの大まかな経営状況やリスクを把握します。ここで深刻な問題が見つかれば、早期に交渉を打ち切ることもあります。
9-3. LOI(基本合意書)締結と詳細デューデリジェンス
初期DDで大きな問題がなければ、LOI(Letter of Intent)またはMOU(Memorandum of Understanding)などと呼ばれる基本合意書を締結します。これにより、価格帯や取引スキーム、スケジュールなどを大枠で合意します。その後、買い手は詳細デューデリジェンスを実施し、財務、法務、教育関連法規、カリキュラム、教員契約、ブランド評価などを徹底的に調査します。
9-4. 最終契約の締結とクロージング
詳細DDを経て、最終的な価格や契約条件、保証条項などを詰めた上で、最終契約(Share Purchase Agreement、事業譲渡契約など)を締結します。専門学校の場合は、所轄庁への届出や認可など法定手続きをクリアした後、クロージングと呼ばれる最終的な譲渡の実行が行われます。この時点で、資金決済や法人の登記変更などが完了し、M&Aが正式に成立するのです。
9-5. PMI(Post Merger Integration)とその重要性
M&Aが成立して終わりではなく、むしろクロージング後こそが本番です。PMI(Post Merger Integration)は、統合後の組織体制や運営方針を一本化するためのプロセスです。カリキュラムや職員体制の再編、ブランド戦略の統合、ITシステムの統合など多くの課題があり、これらを的確に実行しなければ期待するシナジーは得られません。PMIの出来如何がM&Aの成否を分けるといっても過言ではないでしょう。
10. M&A後の統合(PMI)におけるポイント
10-1. ガバナンス体制の再構築
学校法人同士の合併や企業グループ傘下に入る場合、理事会や評議員会の構成、取締役会のメンバーなどのガバナンス体制を再構築しなければなりません。意思決定の迅速化を図る一方で、教育現場や教員の声を反映させる仕組みも必要であり、両者のバランスをとることが重要です。
10-2. 組織・人事統合とモチベーションマネジメント
M&A後は、重複する部署や職位が生じ、組織再編が必要となるケースが多いです。特に専門学校の場合、学科や教務部門、学生サポート部門など多岐にわたるため、慎重に再編計画を練り、現場の混乱を最小限に抑える施策が求められます。また、教職員が将来の処遇に不安を抱かないように、十分な情報共有と公正な評価制度の導入が不可欠です。
10-3. カリキュラムや教育ノウハウの統合と刷新
異なる学校の教育ノウハウやカリキュラムを統合するには、時間と調整が必要です。現行のカリキュラムをそのまま維持するのか、一部刷新して新たなコースを設置するのかなど、戦略的な判断をする必要があります。また、教員間の情報交換や研修を充実させることで、相互学習が進み、結果として教育水準の底上げにつながります。
10-4. ブランド・広報戦略の一貫性確保
M&A後は、統合した専門学校のブランドコンセプトや名前、ロゴの扱いなど、広報戦略を再定義し、一貫性を持たせることが大切です。学生や保護者、企業、地域社会など様々なステークホルダーが混乱しないように、タイミングを見計らいながら丁寧に広報活動を行う必要があります。
10-5. 学生・保護者への告知とコミュニケーション
専門学校のM&Aは、在校生や保護者にとって大きな関心事です。M&Aによって教育内容が変わるのか、学費や卒業資格に影響はあるのかなど、安心できる情報を適切に提供することが求められます。また、受験生に対しては、むしろ教育環境やブランドが強化されるメリットをわかりやすく伝えることで、募集活動をスムーズに行うことができるでしょう。
11. 専門学校M&Aに関する法的留意点
11-1. 学校教育法・私立学校法との関係
専門学校は学校教育法の規定により、「専修学校専門課程」として位置づけられています。また、私立学校法の適用を受ける学校法人が運営する場合は、設置認可や理事会・評議員会の承認など、様々な手続きが必要です。M&Aによる合併や事業譲渡が行われるときは、これらの法律に基づく許認可手続きや所轄庁への報告義務を確実に履行しなければなりません。
11-2. 所轄庁(文部科学省や都道府県)の認可・届出
専門学校の所轄庁は都道府県であることが多いですが、学科によっては厚生労働省や国土交通省など、別の省庁の認定が必要となるケースもあります。特に医療系や福祉系、栄養系など特定の資格に直結する学科を運営する場合は、それぞれの省庁との連携や届け出が欠かせません。M&Aのスキーム次第では、合併後に改めて認可申請が必要となるなど、手続きが複雑化する可能性があります。
11-3. 一般企業とのM&Aとの相違点
一般企業とのM&Aと比べたときの専門学校M&Aの最大の相違点は、教育サービスという公共性・公益性の高い分野であることと、所轄庁の強い関与があることです。さらに、譲渡対象となるのが株式ではなく学校法人そのものや、教育事業に関する資産・権利関係である場合が多いため、単純に会社の株式を買うM&Aよりも多くの法的検討が必要です。
11-4. 教育サービスに関するコンプライアンス
専門学校は、一人ひとりの学生の学習環境や就職先に関わる重要な役割を担っています。教員の配置基準やカリキュラムの水準をクリアし、適切な設備を整え、募集広報において虚偽・誇大広告を行わないなど、多くのコンプライアンス項目を遵守する必要があります。M&A後にこれらのコンプライアンス違反が見つかると、行政からの指導や業務停止、最悪の場合は認可取り消しにつながる恐れがあります。
11-5. 情報保護や個人情報取り扱いの注意点
専門学校には、在校生や卒業生の個人情報が大量に蓄積されています。M&Aで組織が変わる場合でも、個人情報保護法をはじめとする法令を遵守しなければなりません。学生データの取り扱い方法が変わる場合や、第三者への提供となり得る場合は、十分な安全管理措置と適切な手続きを講じる必要があります。
12. 専門学校M&Aにおける成功事例
12-1. 地域特化型の専門学校同士の合併によるスケール拡大
ある地方都市で長年、農業系の教育を行ってきたA専門学校と、観光分野に強みを持つB専門学校が合併し、新たに「地域創生総合専門学校」として再出発したケースがあります。合併前はそれぞれ生徒数が減少傾向でしたが、合併後は農業と観光を融合した新しいプログラムを開発し、地域企業との連携を強化することで学生募集が安定化しました。両校の得意分野を統合したことで生まれるシナジーが成功の要因といえるでしょう。
12-2. 専門領域の異なる学校同士の連携による新市場創出
IT系専門学校C社がデザイン系専門学校D社を買収し、同一法人内で「IT×デザイン」という新学科を設置した事例があります。ITだけ、デザインだけでは対応しきれなかったUXデザインやWebサービス開発などの新領域をカバーできるようになり、学生の就職先もIT企業やデザイン制作会社にとどまらず、幅広い分野に広がりました。結果として生徒数が年々増加し、地域の企業からも高い評価を得ています。
12-3. 海外教育機関との連携による国際化推進
日本の専門学校E社が、海外に拠点を持つ語学学校グループF社を買収し、留学生の受け入れや国際交流プログラムを拡充した事例があります。これにより、日本人学生には海外実習や短期留学の機会を提供し、逆に海外からの留学生を積極的に受け入れることで、学校全体の国際色が増しました。観光関連やグローバルビジネス系の学科の人気が高まり、国内外のメディアから注目を浴びた成功事例といえます。
12-4. 企業内研修機能との統合で専門人材育成を強化
大手製造業G社が、ものづくり系の専門学校H社を買収・統合したケースでは、企業内の研修施設を活用した実習プログラムが強化されました。これにより、学生は在学中から最新の設備を使い、実践的なスキルを習得できるようになりました。企業としては、自社に適した人材を早期育成できるメリットがあり、専門学校側も就職率の向上や企業ブランドの活用による集客力向上を実現し、相互に利益を享受する形となりました。
12-5. オンライン教育強化のための買収事例
コロナ禍をきっかけにオンライン授業に力を入れていたオンライン専門学校I社が、対面型の専門学校J社を買収・統合することで、ハイブリッド型の教育体制を確立した事例があります。対面授業にオンライン学習を組み合わせることで、遠隔地の学生や社会人学生のニーズにも応えることができ、新規学生の獲得に大きく寄与しました。
13. 専門学校M&Aにおける失敗事例と教訓
13-1. 経営理念・教育理念の相違による対立
ある学校法人Kと学校法人Lが合併を決めたものの、両者の理事や評議員、教員の間で経営理念や教育理念が大きく異なり、統合後の運営方針をめぐって対立が深刻化しました。結果として、一部の教員が大量に退職してしまい、学科運営に支障をきたした例です。事前に理念のすり合わせや合意形成を十分に行わなかったことが原因とされます。
13-2. 資金調達面での不備による破談
買収を検討していた企業M社が、専門学校N法人を傘下に収めようとしたものの、予想以上に資金繰りが厳しく、金融機関からの融資が得られなかったため破談に終わったケースがあります。M&Aは多額の資金を要する場合が多く、特に専門学校の事業評価に不確定要素があると金融機関が融資を渋ることがあるため、早期からの入念な資金計画が必要でした。
13-3. DD不足による財務リスクの顕在化
M&A成立後、専門学校O法人の債務超過や未払金、退職給与引当金などのリスクが想定以上に大きく、買い手側が損失を被った事例があります。デューデリジェンスの段階で詳しく調査せず、楽観的な試算を基に契約を締結したために、リスクを適切に反映した価格交渉や保証条項を設定できなかったことが原因です。
13-4. 統合後の人員配置失敗による教員の大量退職
ある専門学校P社がQ社を買収し、統合後に管理部門や学科長ポジションを大きく再配置しましたが、現場の意見を十分に聞かずに一方的に進めたため、多くの教員が不満を募らせ退職してしまいました。優秀な教員が辞めたことで教育の質が低下し、入学希望者が減る悪循環に陥った例です。PMIでの人材マネジメントの重要性が改めて認識されました。
13-5. 生徒募集やブランディングの混乱
M&Aのタイミングと新入生募集のスケジュールが合わず、既存学生や受験生に十分な説明を行えなかったため、「学校がなくなるのではないか」といった誤情報が広まり、結果的に志願者数が減少した事例があります。ブランディングや広報戦略をしっかりと策定し、スケジュールを調整しながら進める必要があることを示す教訓です。
14. 今後の展望と専門学校M&Aの可能性
14-1. 地方創生における専門学校の役割拡大
少子化や都市部への人口集中が進むなか、地方創生は重要な政策テーマとなっています。地方に根ざした専門学校は地域経済と密接に結びついており、地域の若者に職業教育を提供し、地元企業との連携を深めることで、地域活性化に貢献しています。今後は、地方同士の専門学校M&Aや、都市部の学校が地方校と連携する動きがさらに進むことで、地域の人材育成機能を強化する可能性があります。
14-2. グローバル化・IT化時代における専門学校の展望
AIやIoT、ビッグデータなど新技術が急速に進歩するなか、これらの分野に特化した専門学校へのニーズが拡大しています。一方で、海外からの留学生や外国人労働者の増加に伴い、語学力や異文化理解を重視した教育が求められているのも事実です。こうしたグローバル化・IT化の潮流に対応するためには、M&Aによる教育リソースの集約や資金力の強化が有効な戦略となりうるでしょう。
14-3. 産学官連携の深化とM&Aのシナジー
専門学校は企業や行政との協力体制を構築しやすい環境にあります。今後は、企業や自治体が専門学校を買収して、人材育成や研究開発の一環として活用するケースが増えるかもしれません。特に官民ファンドや地域金融機関などが出資する形で専門学校に資金を提供し、産学官連携を促進するプロジェクトも考えられます。このような連携が成功すると、教育の質向上と地域経済の活性化を同時に実現する可能性があります。
14-4. 新たなビジネスモデルとしての専門学校M&A
近年は、専門学校が単なる職業教育の場にとどまらず、地方創生や企業内研修、オンライン教育など多様なニーズに対応するプラットフォームとして活用され始めています。そのため、専門学校M&Aは、従来の「救済策」や「規模拡大」だけでなく、新ビジネスモデルを創出する手段として位置づけられつつあります。例えば、起業支援や社会人向けリスキリング講座に強みを持つ学校を買収し、企業グループ内の研修や商品開発に活用するといった取り組みが期待されます。
14-5. 教育DX(デジタルトランスフォーメーション)への対応
オンライン授業や学習管理システム(LMS)、AIを活用した個別指導など、教育DXの推進は今後ますます重要になります。専門学校は実習や対面指導が多い一方、デジタルツールによる学習効率化を取り入れることで、時間や場所にとらわれない学習環境を提供できます。教育DXに強みを持つ機関とのM&Aは、DXを一気に加速させる手段となるでしょう。
15. まとめ
本記事では、専門学校におけるM&Aについて、背景からメリット・デメリット、具体的な手続きや注意点、事例まで幅広くご紹介いたしました。少子化や社会構造の変化、新技術の導入などにより、専門学校業界は従来のままでは生き残りが厳しい時代に突入しております。こうした環境の中で、M&Aは新たな教育分野への参入や地域連携の強化、経営資源の集約など、多くの可能性を持っています。
一方で、教育理念の相違や認可手続きの煩雑さ、デューデリジェンス不足によるリスク顕在化など、専門学校ならではの難しさやリスクも存在します。そのため、M&Aを成功させるためには事前準備と専門的な知識が不可欠であり、アドバイザーや専門家の力を借りながら慎重に進める必要があります。
統合後のPMIでは、カリキュラムや人事制度、ブランド戦略などを一気に再編する機会であり、ここで得られるシナジー効果は大きい反面、運営上の混乱や人材流出を引き起こすリスクもあります。成功事例と失敗事例をよく研究し、自校の強みや相手校の特性を踏まえた柔軟な対応が求められるでしょう。
16. おわりに
専門学校のM&Aはまだ一般的なイメージが薄いかもしれませんが、今後の教育市場や地域経済の動向を考えると、徐々に活発化していくと予想されます。特に、海外との連携やオンライン教育の拡大、産学官連携の深化など、社会が大きく変化する局面では、従来の枠組みを超えた連携とスピード感ある意思決定が求められます。
M&Aはあくまでも手段の一つであり、目的はあくまで「質の高い教育の提供」や「地域や社会への貢献」、「経営の安定化・持続可能性の確保」です。したがって、M&Aを検討する際には、学校としての使命や理念を改めて見直し、その上で戦略的に意思決定を行うことが重要です。本記事が、専門学校の経営に携わる皆さまや、教育関係者の方々がM&Aを検討する際の参考になれば幸いです。